戦争は、人の心の魔物を解き放つ。


北海道新聞8:14 小熊氏の論文
小熊氏の講演録と英論文。講演録には「匪賊を一人犠牲に供しました事…」と書かれている/北海道新聞



 北海道帝国大(現北大)理学部の男性教授(故人)が1930年代、旧満州(現中国東北地方)で旧日本軍が捕らえた中国人から摘出した睾丸(こうがん)を使い、染色体を観察する実験を行ったことが、北大図書館の保管資料などで分かった。男性教授は日中戦争開戦直前の37年6月、実験結果を基に論文を米国の科学誌に寄稿しており、専門家は「被験者の承諾がなく、どの時代であれ許されない人体実験だった」と指摘する。

 戦時下の大学の研究者による人体実験を巡っては、九州帝国大医学部で45年、米軍捕虜を生きたまま解剖し、殺害したことが分かっている。道内の大学研究者による人体実験は、ほとんど知られていなかった。

 男性教授は小熊捍(おぐま・まもる)氏(1885~1971年)。生物学や遺伝学が専門で、30年に北大理学部教授に就任。37年から6年間は理学部長を務めた。

 資料は小熊氏が39年に行った講演の速記録「人類の染色体」。旧厚生省発行の「民族衛生資料」に収録された。

 小熊氏は講演で、遺体や病人から摘出した睾丸は染色体の観察に向かず、若く健康で生存している男性の睾丸が適していると指摘。「匪賊(ひぞく)(抗日武装勢力)を材料にしたらどうだろうか、どのみち匪賊は殺してしまふのだから」と述べた。

 北大は北海道新聞の取材に対し「研究を承知しておらず、回答を差し控える」とした。

 小熊氏の札幌時代の自宅は旧小熊邸として知られる。北大退官後は国立遺伝学研究所(静岡)の初代所長を務め、国内の遺伝学の第一人者だった。
 
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有名な731部隊とは別口ということだろうか? 中央日報にはこうあった。

  戦争当時、日本軍と学者・医者の人体実験はこれまで何度か暴露されてきた。満州に駐留した関東軍731部隊が第2次世界大戦中に韓国の独立活動家と中国人戦争捕虜を対象に残忍な人体実験をしたという事実が一部の加害者の証言で明らかになった。第2次世界大戦末の1945年5月、九州帝国大学医学部が日本軍の指示で米軍捕虜を解剖して殺害した事実も、戦後の連合軍総司令部の調査で明らかになった。 

  残忍な人体実験をした小熊教授は北海道大を退任した後、国立遺伝学研究所の初代所長を務めるなど当代の日本を代表する遺伝学専門家だった。北海道大学は日本メディアの取材に対し「研究を承知しておらず、回答を差し控える」と答弁を拒否した。

戦時中に人体実験に手を染めた人たちは、その後罰せられる事もなく大学や病院や製薬会社などの要職に就いている。
今ではもうほとんどの人がこの世にいないだろう。
戦後の経済成長は、そういった犯罪者たちにより支えられて来た。恐るべき国だね日本は。


「研究を承知しておらず、回答を差し控える」


そんなはずは無いだろうけど、そう言うしかないのだろうね、北大は。
たぶん北大関係者には公然の秘密なのだろう。

「いいね!Hokudai」というページに「過山博士の本棚から」というコーナーがありまして、
北海道新聞に先立つ7月12日のエントリーで、すでに同様の事が語られている。
北海道新聞はここから情報を得たのかもしれない。

過山博士の本棚から 7月12日 #5 遺伝学者の光と影

↑これ、かなり興味深いです。読んでみて下さいね。


小熊教授
(小熊の肖像写真。撮影年不詳)<北海道大学大学文書館所蔵>/過山博士の本棚から

民族衛生資料
『民族衛生資料』に掲載された「人類の染色体」(1940年)/過山博士の本棚から



国立遺伝研究所はこんなツイートをしてた! オドロキである。

国立遺伝学研究所@NIG_idenken
 
本館待合室の横に、小熊捍 初代所長のレリーフが飾られました。 小熊所長は遺伝研の創設に奔走し、設立とともに初代所長として活躍されました。また、日本の動物染色体研究の先駆者でもあります。 pic.twitter.com/RrYf0XhUUx

小熊教授レリーフ


人体実験をした人のレリーフをうやうやしく飾り、不都合な真実は隠される。

日本はそういう国です。 国民よ、自覚せよ!