津田大介
SHINO TANAKA  津田大介さん/ハフポスト


「女性に下駄を履かせるんじゃない。男性がこれまで履いてきた高下駄を脱いでもらうんです」 


この言葉に、ああ、そう。ソレ! となっちゃった。
ここのところずーっとモヤモヤしてた胸の内を、見事に表す言葉に出会った。

ハフポスト 27日「あいちトリエンナーレ2019」でジェンダー平等が実現 芸術監督の津田大介さんのこだわりの理由とは 


この方、現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介さん。
....といっても、実は私、よく存じ上げておりません。

津田さんは、自分自身がトップに立つ「あいちトリエンナーレ2019」で、参加アーティストのジェンダー平等を実現しようと決心した。

 「この国には荒療治が必要だ、と痛感したからだ。」

それで、トリエンナーレに参加する74組のアーティストのうち32組が女性になった。男女混在のグループやカンパニーを除くと63組。女性が過半数を超えた。
「女性に下駄を履かせるのか」という反発の声もあった。

かなり強制的に男女差を半々にしたのだ。
それに対して、正直いうと違和感を覚える部分もある。
ただ、津田さんのこの言葉は、本当に同感できる。
「『差別をなくそう』というのは簡単だが、それだけでは世の中は変わらない。具体的に行動を起こすことが大事で、今の自分はその決定権を握る立場にある。ジャーナリストでアートの門外漢である自分だからこそできること、業界にしがらみのない人間でなければできないことがあるんじゃないかと考えた」

「ジェンダーギャップの問題は女性の問題ではなく、構造を支配している男性の問題です。男性が変わらなければ変わらない。だから、変えるんです」


私のモヤモヤの始まりは津田さんと同じ、医大の入試での男女差別問題。
どう考えてもこれは、あってはならない不正なのに、医療の現場から点数操作を擁護する声が上がった。
いったい、女性の受験者にどうしろと言うのだ?


2つ目は、元旦の新聞の西武・そごうの一面広告だった。
コレ
広告
女だから、強要される。
女だから、無視される。
女だから、減点される。
女であることの生きづらさが報道され、
そのたびに、「女の時代」は遠ざかる。

今年はいよいよ、時代が変わる。
本当ですか。期待していいのでしょうか。
活躍だ、進出だともてはやされるだけの
「女の時代」なら、永久に来なくてもいいと私たちは思う。

時代の中心に、男も女もない。
わたしは、私に生まれたことを讃えたい。
来るべきなのは一人ひとりがつくる、
「私の時代」だ。
そうやって想像するだけで、ワクワクしませんか。

わたしは、私。
どうしてここに、パイを投げる側が存在しないのかということ。
そうして最終的にいつも、女の問題にされるのかということ。


3つ目は、アベ首相が繰り返す「女性が輝く社会」という言葉。
「女性が輝く」なんて女は望んでいない。
ただ、この男性主導で出来上がってる社会をなんとかしてほしい。
いろんなところに存在する男女差別を、セクハラを、取り除いてほしい。
それには男性の意識が変わるしかないのだ。
女性がどうこうする話では、全くない。


4つ目は、ここのところ立て続けに起こる性犯罪の「不起訴」や「無罪」判決
・暴行で頭が真っ白になって「被告からみて明らかにそれと分かる形での抵抗はなかった」として、無罪。
・泥酔させられたけど、目を開けたり、何度か声を出したりしたので「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」として、無罪。

つい最近もあった。
静岡新聞 28日 静岡地裁「強姦」無罪判決 児童ポルノ所持で罰金10万円
 当時12歳だった長女に対し性的暴行をするなどしたとして、強姦(ごうかん)と児童買春・児童ポルノ禁止法違反の罪に問われた県中部の男に対し、静岡地裁は28日、強姦罪を無罪とした上で罰金10万円(求刑懲役7年)を言い渡した。

 伊東顕裁判長は判決理由で、強姦について「犯罪行為を裏付ける適確な証拠がない」と無罪判決の理由を説明した。児童相談所職員に長女が当初訴えた被害詳細と非公開で行った証人尋問の内容が変遷した点などから「児相の一時保護解除を控えた被害者が虚偽の被害を訴えた可能性がある」として証言の信用性を認めなかった。

 男は2017年6月ごろに自宅で長女に性的暴行をしたなどとして起訴された。性犯罪を厳罰化した改正刑法の施行前だったため強姦罪が適用されていた。判決によると男は18年1月下旬、自身の携帯電話に児童ポルノ動画3点を所持した。長女の保護のため、裁判は被告人の氏名や年齢などを公開せずに行った。
情報が少なすぎてよくわからない話なのだけど、少なくとも検察が調査して起訴してるのに、
現在まだ14歳の少女の証言が変遷したと言うだけで、証言の信用性が認められないのか?
児相の一時保護解除を少女が嫌がって虚偽の証言をしたのなら、なおさら家庭に問題があるということじゃないのか?

そもそも、暴力で性交する男が悪いのに、どうして最後は女がああした、こうしなかったという話になるのだろう?

じゃぁどうすれば、強姦と認めてもらえるんですかと言いたくなる。



私のモヤモヤはつまり、パイを投げる側の不在にあるのですよ。
なぜそうなるかと言えば、この社会が男性社会だからです。
男性は生まれた時から高下駄を履かされている。
そういう構造を変えなければ、何も変わらない。


「女性に下駄を履かせるんじゃない。男性がこれまで履いてきた高下駄を脱いでもらうんです」 

「ジェンダーギャップの問題は女性の問題ではなく、構造を支配している男性の問題です。男性が変わらなければ変わらない。だから、変えるんです」



まさにコレ!
男性が変わらなければ変わらない。
だから必要なのは「女性が輝く」という女性のアクションでなく「男性が高下駄を脱ぐ」という男性のアクション。
そこをアベ首相は全くわかってない。


高下駄を履かされる男性もまた、ストレスを感じてるんじゃないですか?
男なんだからああしろ、こうしろ、と言われる。
男のくせにと言われる。男は泣くなと言われる。
仕事においても無理なノルマを押し付けられ、達成できないとパワハラされる。
そういうストレスを溜め込んでるんじゃないですか?
そのストレスを弱い女性へ向けて発散してないですか?

男も本当は高下駄を脱ぎたいんじゃないんですか?


どうなのよ、男どもよ?