ビックリ猫


いつも思ってたんだけど、日本の行政って「予防原則」に法ってない。
予防原則 化学物質や遺伝子組換えなどの新技術などに対して、人の健康や環境に重大かつ不可逆的な影響を及ぼす恐れがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を可能にする制度や考え方のこと。
これは、放射線防護のゆるさや、農薬規制の甘さについて言えるけど、すべてについて似たようなことが言える。
最悪の事態を想定しての備えがないと感じるのです。特にアベ政権は。


今日、それに関連するツイートを拾ったので紹介します。
哲学者の内田樹さんのツイートです。
これは読んでおいたほうがいいと思います。重要な問題提起です。
全文を引用します。
成田空港の利用者からのレポートを読みました。空港の危機対応体制が不備なのは「もし万一・・・が起きたら?」という「最悪の事態」を想定して対策を考えるということが制度的に禁止されているせいだと思います。「最悪の事態に備えていて最悪の事態が来なかった場合のコストは誰が負担するんだ?」
 
今の日本のシステム管理者は「最悪の事態を想定して対策を講じること」を「悲観論」「敗北主義」の類だと思っているようです。僕は「最悪の事態」の備えるべきという立場なので、よく言われました。「敗北主義者が敗北を招くのだ」って。これ、大本営の言い草ですよ。
 
人口減についての言説でも政官からまず来るのは「悲観論を語るべきではない」というものでした。アドバイスとしてはもっともですが、その実践的帰結が「だから、最悪の事態については何も話さない、何も考えない、何の対策も講じない」だという現実はもっと「悲観的」に受け止めるべきでは。

最悪が起きなかった場合のコストがもったいないから、最悪を想定しないんだそうな。(; ꒪֊꒪)
じゃあ、最悪が起きた場合にどうするのか?
それで誰かが死んだりしたら、もう誰にも責任が取れない。
人口減の問題は、さらに悲惨だ。

命をコスト換算する考え=大本営の言い草ですね。
これでいつも割りを食うのは、国民であって権力者ではない。

ねえねえ、すでにこの法則で国民の首を絞めるルールがたくさん作られてますよ。
労基法の改悪やら、年金の改悪やら。
それで最悪なことが起きてたら、その時に考えるんでしょうか?
それって、人が死んだりして社会問題にならないと何もしないって事でしょ。

すっかり民主主義で平和な日本になってたと思ってたけど、基本的なところで大本営と何も変わってないじゃん。


しかも、リプライに鋭い指摘がある。
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戦争ですよね。
北朝鮮や中国の脅威を煽って、アメリカから武器を爆買いする口実にしてる。
となると、「最悪の事態が来なかった場合のコスト..」というのも、国民に金を使わないための口実に過ぎないんじゃないかな。

本当に命に関わるようなケースなら、喜んで払いますよ、そのコスト。


みなさんも考えてみて下さいね。
こんな政府や社会システムでいいのかどうか。


無理なことを精神論でなんとかしようとする考え方が、日本社会には蔓延っていて、これが日本をダメにする「日本病」なんだと思います。
東京五輪なんて、まさにソレ。