安楽死


先日の文芸界での「落合・古市対談」
社会保障費削減のために、高齢者の終末医療の最後の1ヶ月を削れ というのを受けて、
実際に国会では安楽死・尊厳死はいかに語られているかというお話です。
誰もが避けて通れない死というものについて、国会でどう語られているのか?
興味深い話です。ぜひ!


読む国会 5日 国会において安楽死・尊厳死はいかに語られているか -「落合・古市対談」を踏まえて

古市 (前略)安楽死の話もそう。2010年の朝日新聞による世論調査では、日本人の7割は安楽死に賛成している。それにもかかわらず、政治家や官僚は安楽死の話をしたがらない。

落合 安楽死の話をすると、高齢者の票を失うと思ってるんですかね?

この発言に対して、しかし国会でもちゃんと語られているし、日本人の7割が安楽死に賛成していても、「自分の死に方について考えていない」人が74%もいるというのですよ。
つまり一般論としての安楽死は賛成だけど、いざ自分がどうかと言われると、その時になってみないとわからない。そういう人が多いのでしょう。そりゃそうだと思います。

この時点ですでに古市と落合は勉強不足なのがバレバレだし、しかも安楽死と尊厳死の区別もついてないようです。
あまりにも軽々しく安楽死を、それも医療費削減のための手段として語っているところが、激しくバッシングされる理由だと思います。

この2人は、安楽死を議論するにはあまりにも若すぎるし、死にゆく側の目線に立つ努力が全く感じられません。あまりにもお粗末!

尊厳死という場合、患者自らが安楽死を執り行うだけではなく、意識のない患者を事前の同意に基づいて死に至らしめるケースも想定される。いずれにせよ、本人の同意が極めて重要だ。

一方、安楽死は、本人の意志確認がないまま、家族の同意によっても延命を中止するケースも含む。

国会での議論は深いものがあり、決して「高齢者の票を失うと思ってる」なんてものではありません
なぜ国会議員は「安楽死の話をしたがらない」のか、という古市氏と落合氏の疑問に答えるとすれば、それは、生と死というのは人の究極の問題であり、決して医療費削減という文脈だけで語ることが出来る問題ではないからだ、といえる。

しかし、「尊厳死法制化を考える議員連盟」という議連が存在し、すでに法案の骨子は出来上がっているそうで、恐れをなす。
ちっとも知らんわ、そんなん。
この法案に対する川田龍平議員の反対意見がとても腑に落ちる。
安楽死や尊厳死といったこういった議論にもやっぱりつながる中に、本当にそれが、全ての人が平等に生きられる社会というものが前提としてそれがある上での議論なのか、それともやっぱり切捨てと言われるような、そういう命の切捨てにつながるような制度として安楽死や尊厳死というものが用いられてしまうのではないかという本当にその怖さ、恐怖、やっぱりそれは当事者だからこそ感じるものかもしれません。

 
平成28年11月08日 参議院厚生労働委員会 

それと、日本弁護士連合会の宇都宮健児会長(当時)が出した声明がとても勉強になった。
(一部分引用)
本法律案が対象とする終末期の延命治療の不開始は、患者の生命を左右することにつながる非常に重大な決断であるところ、患者が、経済的負担や家族の介護の負担に配慮するためではなく、自己の人生観などに従って真に自由意思に基づいて決定できるためには、終末期における医療・介護・福祉体制が十分に整備されていることが必須であり、かつ、このような患者の意思決定をサポートする体制が不可欠である。しかしながら、現在もなお、いずれの体制も、極めて不十分である。

日本弁護士連合会:「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」に対する声明

あっと思った。
なるほど、そうである。
尊厳死を選ぶ自由もあれば、選ばない自由もある。
選ばない自由が十分に確保されない限り、真に自由意志で選ぶこともままならないのだ。

とても勉強になった。